むらさめ型護衛艦の識別点1 第二煙突右側面周辺

はじめに

7月8日に佐世保地方隊創設70周年記念の一般公開がありました。その際に、倉島岸壁にむらさめ型護衛艦の「きりさめ」と「あけぼの」が並ぶように接岸していました。

同じようなアングルで撮影した写真を注意深く観察すると、同じむらさめ型であっても甲板構造物に僅かな違いがあることがわかりました。また、むらさめ型9隻を同じように調べたところ、差異の大きな傾向は建造された造船所によることがわかりました。

第二煙突の右側面周辺の各艦による違いをまとめると以下の表のようになります。

表中で用いた名称

建造された造船所は、

ト:石川島播磨重工業東京第1工場

タ:三井造船玉野事業所

ウ:住友重機械追浜造船所浦賀工場

ナ:三菱重工業長崎造船所

マ:日立造船舞鶴工場

のように対応しています。

垂直梯子はモンキーラッタル、作業用足場はジャッキステーとも呼ばれます。表中の衛星通信アンテナ下というのは、以前まではOE-82C衛星通信アンテナを装備していた第二煙突前の張り出しの下の部分のことを指しています。

大通気口、小通気口の詳細は現在調査中ですが、それぞれパターンが2種類ずつ存在することが分かりました。丸通気口は確認できる艦と確認できない艦がありました。NORQ-1スーパーバード衛星通信アンテナは右舷の第二煙突の側面と左舷の格納庫横に後から装備されたアンテナです。艦によってアンテナから延びる配線にも差異がありましたが、今回の側面図では省略しています。溶接跡は後方の洋上給油装置などが格納された凹部に差し掛かる部分で差異が確認できました。

側面図と解説

以下では、各艦ごとに作成した側面図を表中の※印の内容を中心に解説を加えて紹介します。側面図で細い実線は溶接跡とアンテナ基部の位置に、2本の並んだ点線は垂直梯子に、破線は作業用足場に用いています。また煙突を取り巻くように取り付けられた作業用足場は、太い実線から外側にはみ出すように描画しています。

1番艦「DD-101 むらさめ」

「むらさめ」の特徴は、洋上給油装置などを格納した凹部の高さが※4の付してある「むらさめ」、「はるさめ」を除いた同型艦と比べて低くなっている点です。溶接跡の高さがそのまま凹部の高さになっています。大通気口は十字に区切られており、その中が2列という構成になっています。図の空白部分には細かい水平方向の羽板が取り付けられています。

2番艦「DD-102 はるさめ」

「はるさめ」は「むらさめ」と同じように凹部の高さが低くなっています。また丸通気口が存在せず、その場所には垂直梯子が設置してあります。それに合わせるようにNORQ-1アンテナの台座は、艦首方向にやや短くなっています。

3番艦「DD-103 ゆうだち」

「ゆうだち」以降に建造されたむらさめ型は、前の2隻とは違い凹部の高さが高くなっています。また、大通気口は前の2隻のように十字ではなく3列の構成になっています。※6の付した2隻と※7の付した2隻の違いは、NORQ-1アンテナ横の垂直梯子が下の台座の手摺の内側に入っているか否かです。写真で見ると、※7の付した2隻は完全に内側に入っており、※6の付した2隻は完全には内側に入っていないように見えました。それ以外の特徴は「むらさめ」と同様です。

4番艦「DD-104 きりさめ」

「きりさめ」を含めた三菱重工業長崎造船所で建造された3隻のむらさめ型は、小通気口の高さがやや低いことが特徴です。それ以外にも溶接跡が凹部に差し掛かるところで凹部の上を沿うように折れ曲がっている点も特徴です。煙突側面中央の通気口とNORQ-1アンテナの間の垂直梯子は明らかに台座の手摺の外側に設置してありました。

5番艦「DD-105 いなづま」

「 いなづま」の梯子や足場の構成は「きりさめ」と同様です。しかし、垂直梯子の形状が他の同型艦には見られないものであり、壁にステップが個別についているのではなく、一列のステップが横ですべてつながった状態のものが壁に取り付けてあります。下図がそのイメージ図です。

6番艦「DD-106 さみだれ

さみだれ」は、同じ石川島播磨重工業東京第1工場で建造された2隻と大通気口の種類が異なります。さらに詳しく見ると、ほかの同型艦の3列のものよりも羽板の数が多くなっています。また※5の付した「さみだれ」と「あけぼの」は溶接跡が凹部の直前で終わっています。

7番艦「DD-107 いかづち」

「いかづち」の特徴は、煙突の作業用足場と垂直梯子が他と比べて全体的に低い位置に取り付けられていることです。また、垂直梯子が設置しているわけではありませんが、丸通気口の存在は確認できませんでした。

8番艦「DD-108 あけぼの」

「あけぼの」はむらさめ型で唯一、NORQ-1アンテナの取り付け位置が艦尾方向にずれています。また「あけぼの」と「ありあけ」は煙突にほとんど作業用足場や垂直梯子を装備していません。

9番艦「DD-109 ありあけ」

「 ありあけ」の傾向は、同じ三菱重工業長崎造船所で建造された「きりさめ」や「いなづま」と同様ですが、煙突にはNORQ-1アンテナ用と思われる垂直梯子しか装備していません。

最後に

以上の9隻をまとめると、遠距離からでも外見の特徴が分かりやすいのは小通気口が下にある三菱重工業長崎造船所で建造された「きりさめ」、「いなづま」、「ありあけ」のグループと言えます。さらに、一覧にすると最初の2隻の凹部の高さの低さは、運用上の利便のために3番艦以降で改良されたのではないかと推測することができます。また、むらさめ型以降の護衛艦の煙突に作業用足場や垂直梯子がほとんど装備されていないことを考えると、むらさめ型はそれらの護衛艦への装備の過渡期にあたると言えそうです。

今回の記事の執筆は、現用艦艇の詳細な資料があまり流通していないという危機感から始まりました。残されている写真や記録が少ない旧海軍艦艇と比べると現用艦艇は調査のハードルが低いため、モデラーの中でもいわゆる考証といったようなジャンルが盛んではない印象があります。しかし、現在運用されている艦艇が退役した以降に情報を収集しようとしても、それが容易ではないのは既に退役した自衛艦を考えれば想像に難くありません。ところが、今回のように合計9隻の状況を集計すると意外にも構造物の違いが「第二煙突の右側面周辺」という艦の一部分にでさえ存在することが分かりました。さらに調査を進めて情報を分かり易いかたちで集計しておくことで、将来のマニアやモデラーが必要とする情報を残すことができると考えています。

現用艦艇は調査のハードルが低いと述べましたが、今回のように作業用足場や垂直梯子の設置位置や形状の判断は詳細な写真がないと困難です。また艦艇の側面の写真は、注目される艦橋周辺とは違い、個人のSNSや広報に写真が出回りにくい傾向があります。実際に自分で写真を撮りに行くことが最善ですが、日本全国の一般公開に赴くことは現実的ではありません。今回写真が入手できなかった艦の情報は、海上自衛隊公式の広報写真や艦船の映像をyoutubeに投稿している方の動画を主に参考にしました。特にbinmeiという方の動画は側面構造物まで高画質で撮影されており、非常に参考になりました。

今後はむらさめ型の他の部分の調査を進めるとともに、ほかの自衛艦や支援船の調査も進めていこうと考えています。